東京の朝お寺参りで日常を非日常に変える

 

「春は曙」
日本を代表する文学、枕草子の冒頭でそううたった清少納言の罪を感じるのは私だけだろうか。恥ずかしながら、「春は曙」を「曙は春」と読み違え、朝は春だけのものとインプットされていた。「春はもちろん曙」であるし、「夏も曙」「秋も曙」「冬こそ曙」、一年、どの季節を切り取ったとしても、朝は格別であり、一瞬一瞬を見過ごしてはいけない、そう感じさせる存在なのである。

朝が貴重なものになってからは、閉じた瞼の下で微光を感じ、自然と目覚めるようになり、そうしているうちに、日の出の時間前に目覚めるようになってしまった。朝が待ち遠しい。

朝を特別視するようになった手引きは「白洲正子」にあり、「陽」と「寺」がその地位を確立させた。白洲正子は「平等院の朝」で昇る陽の光を受け、黄金色に輝く平等院、阿弥陀さまの美しを見事に表現した。平等院鳳凰堂の山号は「朝日山」といい、おそらく、建立した藤原頼道も朝日を受けたその堂宇の佇まいを愛しい眼差しで眺めたに違いない。しかし、藤原頼道が見た、白洲正子が愛でた朝の輝く仏堂は、拝観時間という制限により現在は見ることができない。自然の摂理に従いどんなに美しい朝を迎えても、残念ながら知る由もない。

平等院に対する憧れは、朝という時間の中だけで出逢える仏さまへの執着にかわり、朝日の中で輝く世界を見ることを待ち遠しくなるようになった。また、金色の世界への執着を解いたのも、朝日の中に現れる仏さまの本願やご慈悲でもあった。出逢える神秘の景色、そして、徐々に明るくなる光から感じる温かさ。全ては一期一会。景色は瞳に、さえずりは鼓膜に、朝日は体温に、空気は呼吸に、慈悲は感情に投影され、日の出とともに一瞬一瞬変わりゆく景色から、不変のものはない、という当たり前の摂理は自然に受け入れられていた。

 

目黒不動尊(龍泉寺)日の出前の本堂

【目黒不動尊】日の出前の本堂は薄闇の中に佇む

目黒不動尊(龍泉寺)日の光を浴びる本堂

【目黒不動尊】日の光を浴びて輝く本堂

 

 

朝のお寺を訪問することはいつしか日常になり、しかれど、その空間へ一歩踏み入れると、それは非日常であり、山門や参道は、東京の喧騒に生きる人々にとって、日常にいながら遠方へ、異空間へ誘う扉であるとの認識へと辿り着いたのだ。

朝のお寺に一歩足を踏み入れてみると、繰り返し訪れることを憧憬するに足る魅力がそこにある。それは、たとえ同じ場所であろうとも、一度として同じ情景はなく、その度に鮮烈な感動を得る。日本の四季が、全てのものは無常であると諭すお寺という土壌が、その気づきを当たり前のように与えてくれる。桜舞う季節の朝6時に出会う風景は、淡い空の下に浮かぶお堂であり、梅雨明けを知らせる頃には東から照り付ける日を浴びてその姿を直視することができない。秋分を過ぎた頃には、黄金色の葉の谷間の奥に佇む姿であり、大寒の朝はおそらく暗闇の中で眼を凝らしながら見つめていることだろう。

そうした朝のお寺の魅力を全て語り得ることはできないけれど、私は私なりに、言葉を紡いでいきたい。齷齪した都会の人々にとって、喧騒の日常で見つける静寂の非日常は、光となり、養分となり、暗い地の中から芽吹く命となりうると信じているから。 

朝、お寺を訪れるべき3つの推薦ポイント

 

東京の朝寺めぐりを推す理由は、いくつも思いつくことができるが、敢えて俗っぽい見方で3点挙げてみたい。
神秘的な経験や感動は、すべての人が会得することができるとはいえないし、何より、それこそ一期一会の出会いであり、他の推挙が必要な事柄でないだろう。

 

寺院の開門は日の出前から

 

東京都内には大小約2,800のお寺があるそうだが、大方6時には開門してる。
お寺に精通していない人でも知っているであろう、浅草寺や増上寺は門が閉ざされることはなく、境内の出入りは自由であるし、
朝方の地元民のラジオ体操場所として解放しているお寺も多い。
おおよそ、始発から朝6時台の電車でお寺に向かえば、まず、到着するころには門が閉ざされているということはない。
お堂からは念仏やお題目が、境内からは鐘の音やラジオ体操の曲が聞こえてくるし、
ちいさなお寺は、門前を通るだけでも葉を掃く箒の息づかいを感じることができる。

 

目黒不動尊(龍泉寺)の冬の日の出

目黒不動尊(龍泉寺)の冬の朝7時頃の風景です

 

既に開かれている山門をくぐり、神聖な空気に満ちた境内へ足を踏み入れ、本堂の前に佇み、早朝、お寺へ訪れることができたことへの感謝と、その日一日に対する決意を祈りに変え、仏さまの前で手を合わせる。季節の花々や昇る朝日を愛でながら、境内をひと回りし、近くのカフェやお寺に併設する食事処で朝食を終えると、それは就業前に味わうことができる小旅行。 

雑司ヶ谷鬼子母神堂の朝

【 雑司ヶ谷鬼子母神堂】毎朝法華経が読経される

築地本願寺の朝食

【築地本願寺】併設のカフェのメニュー

普段の通勤経路にあるお寺でもよいと思うし、直行訪問近くの場所でもよいと思う。一日の始まりに、一息深呼吸をして手を合わせる、そのちょっとした余裕をもつルーティーンを普段の生活の中に、取り入れてみるのは如何だろうか。

 

日中混雑する寺院もゆったり参拝が可能

 

年間参拝者3,000万人と言われる浅草寺は日中いつ伺っても雷門から仲見世を抜け、境内に入り本堂前まで人で覆いつくされていることが想像に難くないと思う。今後も訪日客が増えることで、その混雑は緩和されることはない、ということは想像できる。そんな浅草寺であっても、早朝はだいぶ人は少なく、雷門から小舟町と書かれた宝蔵門(仁王門)を遠くに見通すことができる。

 

【金龍山浅草寺】仲見世通りの朝

浅草寺の朝。宝蔵門が見渡せる。

 

寅さんで有名な柴又帝釈天(題経寺)も、日中は多くの観光客が二天門から本堂まで続いているが、早朝はラジオ体操をする地元民が捌けると、ほぼ境内をひとり占めできる。朝日を背負う彫刻を施された本堂を、ゆっくり、近くからまたは、少し遠くから眺めながら、一瞬一瞬移りゆくその景色を楽しむことができる。

こういうお寺でぼぅっとしていると、仏さまへ挨拶をしに来たご年配の方やお寺の執事を担当されている方に、「おはようございます」と声をかけられ、お寺にまつわるお話や、寺宝の見方などを丁寧に教えていただけるのだ。 

柴又帝釈天(題経寺)の朝

寅さんで有名な柴又帝釈天の境内では早朝ラジオ体操が行われます

 

柴又帝釈天では富士さんにいらっしゃったという大日如来さまのお話や、二天門の彫刻の見方。谷中のお寺では、にっこりと笑う閻魔様のことや頭を逆さにしなければ見ることができない手水舎の屋根に描かれた龍のお話。澄んだ朝の空気の中では誰もが仏さまのように慈悲深く、見守ってくださる。 

【柴又帝釈天(題教寺)】大日如来さま

【柴又帝釈天】富士山にいたという大日如来さま

【谷中長久院】手水舎

【谷中長久院】逆さに見ると龍が見える手水舎

 

晴れた日の朝は青空を背にした本堂正面の一枚が撮れる

 
晴れたら青空なのは当たり前だろう、と叱られそうなのだが、実はそうでもない。

きれいな青空を撮影するには太陽を背にして、逆光にならないように撮影しなくてはならない。
太陽が本堂の裏手から昇ると、逆光になり青空を撮影することは難しくなる。

太陽は季節によって昇る位置を北東~東~南東と変えていくが、東側から昇ることには違いない。
つまり、東側から西に向けて撮影することが青空を撮影するポイントとなる。

東京にある大きなお寺の多くが、境内の東側、もしくは南側に山門をもち、山門を直進するとそのまま本堂に出る。
増上寺はその典型で、東側に三解脱門(山門)があり、西側の真正面に阿弥陀さまのいらっしゃる本堂、そしてその背後に東京タワー。
東側に太陽がある朝方は、さらに青空を背負わせることができる絶景スポットになる。

 

【増上寺】本堂と東京タワー

【増上寺】青空を背負う本堂と東京タワー

 

さらに、真東に太陽が昇るタイミングで境内から山門を撮影すると逆光が美しいフォルムを浮き上がらせたりもする。

 

【増上寺】朝陽が昇る三解脱門を

【増上寺】境内から三解脱門を眺めると逆光になる

 

浅草寺は南側に雷門があり、間北へ続くし、護国寺の本堂は、東南にある仁王門から北西へ向かう。目黒不動尊(瀧泉寺)も然りである。一方、必ず、南、もしくは東側に山門があるというわけではなく、有名どころでいうと、柴又帝釈天(題経寺)は山門とされる二天門が本堂西にあり、日の出時は、本堂に後光が指したような風景を生み出し、それはそれでまた、美しいと感じる景色と出逢えることになる。
 

【護国寺】山門をくぐり本堂へ向かう不楼門を眺める

【護国寺】本堂へ向かう不楼門を眺める

【柴又帝釈天】日の出時に本堂を眺める

【柴又帝釈天】境内東に立つ朝陽を背負う本堂

 

毎日行く必要はない。余裕を持てる晴れた日だけでいい

 

一つ、朝のお寺参拝に注意があるとすれば、雨や雪、防風など天候に恵まれない日は避けること。雨は雨なりの、雪は雪の日なりの美しい風景を見せてくれるに違いない。だけれども、電車やバスが遅延して、出勤に遅れては元も子もない。普段の生活に、少しの余裕を持つことが、朝寺を訪れる醍醐味なのだ。

時間とともに陽の位置が変わり、天気によって光量が変わり、季節の移り変わりとともに彩りが変わる。そういう朝のお寺の風景には一瞬一瞬を楽しみ、慈しむに足る時間が流れていると思う。
いつもよりほんの30分、朝早く家を出たら、ご近所の、もしくは通勤電車を途中下車して、手を合わせにいってみてはいかがだろうか?
 

暁天を楽しむお寺

 
明けがたの空を暁天(ぎょうてん)という。お寺では朝に行う行事を暁天坐禅、暁天講座などといったりする。
そんな暁天の時間を楽しむお寺を、少しずつですが、季節ごとに、おススメポイントともにをご紹介していきます。
時間がかかるかもしれませんが、お待ちください。(春が多いな。。。季節もいいし。。。)

 

■春の御寺

 

諏訪山吉祥寺(文京区本駒)

透き通る枝垂れ桜の空に朝陽さすお寺
諏訪山吉祥寺(文京区本駒)

谷中界隈のお寺(台東区)

桜の楽園が広がる谷中のお寺群
谷中界隈のお寺(台東区)

 

神齢山悉地院大聖護国寺(文京区)

お釈迦さまの空に桜舞うお寺
神齢山悉地院大聖護国寺(文京区)

福聚山 常圓寺(新宿区)

新宿駅徒歩3分。枝垂れ桜に覆われたお寺
福聚山 常圓寺(新宿区)

 

湯嶋山浄心寺(文京区)

桜のトンネルを抜けると、、、お寺
湯嶋山浄心寺(文京区)

天羅山真盛寺(杉並)

桜の屋根付き白塀が続く寺
天羅山真盛寺(杉並)

 

日円山妙法寺(杉並)

お題目とともに桜を愛でるお寺
日円山妙法寺(杉並)

大谿山豪徳寺(世田谷)

ツツジがかわいく微笑むお寺
大谿山豪徳寺(世田谷)

 

 

■夏の御寺

 

不忍池弁天堂(東叡山寛永寺内)

娑婆に蓮華蔵世界が出現
不忍池弁天堂(東叡山寛永寺内)

天昌山光源寺/駒込大観音(文京区)

夏の青空の下に白い本堂。中に大観音さま
天昌山光源寺/駒込大観音(文京区)

 

浄土真宗本願寺派 築地本願寺(中央区)

強い日差しを受けて光輝く本堂
浄土真宗本願寺派 築地本願寺(中央区)

仏立山真源寺/入谷鬼子母神(台東区)

早朝5時から60件のお店が立ち並ぶ入谷朝顔市
仏立山真源寺/入谷鬼子母神(台東区)

 

■秋の御寺

 

九品山浄真寺(世田谷区)

雨上がりの庭に阿弥陀様の光明が降り注ぐお寺
九品山浄真寺(世田谷区)

雑司ヶ谷鬼子母神堂(豊島区)

黄色く色づく空にお題目が響き渡るお寺
雑司ヶ谷鬼子母神堂(豊島区)

 

妙厳寺豊川稲荷東京別院(港区)

黄金に色づくお稲荷さんのお寺
妙厳寺豊川稲荷東京別院(港区)

三縁山増上寺(港区)

さわやかな秋風が通り抜けるお寺
三縁山増上寺(港区)

 

■冬の御寺

 

目黒不動尊(目黒区)

仏さまとともに日の出を拝むお寺
目黒不動尊(目黒区)

経栄山題経寺/柴又帝釈天(葛飾区)

お題目とラジオ体操、青春昭和懐メロが響き渡るお寺
経栄山題経寺/柴又帝釈天(葛飾区)

 

等々力不動(世田谷区)

パワースポット巡りと合わせて訪れたいお寺
等々力不動(世田谷区)

多宝山成願寺(中野区)

羅漢さんと暁天を楽しめるお寺
多宝山成願寺(中野区)